bonyarifeminist’s blog

うすぼんやりとした自称フェミニストのブログ。こちらはバックアップ用。

金麦のCMに嫌悪感を持つ理由

 ご多分にもれず、私も金麦のCM(檀れいバージョン)が大嫌いです。通勤電車の中で、この広告を見るたびムカムカしています。

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 「死んだ夫を待つ狂女」とか「こんな女いねーよ」とか「男に媚びてる」とかさんざんな言われようですが、仕方ありません。このCMには確かに神経を逆なでするものがあります。昨日も「なぜこんなにむかつくのか」について電車の中でずっと考えていて(病んでる)、自分がこのCMが嫌いな理由がようやく分かりました。それは、

 

檀れいが2歳児だから。

 

 うちには2歳の男児がいるのですが、彼の動きは金麦CMの檀れいそのまんまです。あのテンション、あの大袈裟な動き、「あいあーい!」と訳のわからぬ言葉を大声で繰り返すところがまさに2歳児です。そしてカメラ(主体。たぶん男目線)がねちこくその動きを追う、客体とされている女(子どものいないカップルの妻、と思わせたいのかもしれませんが、私にはプロの愛人にしか見えません)を2歳児に模す、ということは、主体である男が「女なんかさー、これくらい馬鹿なのがちょーどいいんだよ。扱いやすくてさあ」と思っているということです。

 で、本当に2歳児の知能しかないと困るので(だってイヤイヤとかされたらものすごーく面倒だし)、CMでのモノローグやら電車内の広告では一見詩的・文学的なことをつぶやいてみせ、「私だって考えてるの。でもそれをすべて呑み込んだ上ではしゃいでるんだよ」ということをアピールしているのです。女性の中にも、「ほんとは賢いけれど、オトコの前では幼稚なふりができる私。うふ」と思っている人は結構な割合でいます。私が夫(と、ともすると男性全体)について愚痴ると、「そうよねーって言って、掌でころがしておけばいいのよー」とアドバイスされることはよくあります。

 でもそれって、お互い馬鹿にしてるよね? と思うのです。男は「女は馬鹿であれ」と思い、女は「男なんて、女が馬鹿のふりしてりゃ喜ぶんでしょ」と考えているなんて……。これは自戒も込めて、なのですが、男女限らず、他人とは(夫婦とはいえ、カップルとはいえ所詮は他人)やっぱり話をしないと分からないし、話をしてみると意外な発見があったりして楽しいし、面白いと思うのです。話をするには考えないといけないので、馬鹿(なふり)ではいられません。

 しかしサントリーって、ほんと炎上させるの上手いよな(注:ここで私が言っているのは「頂」のことであって、水原希子のことではありません。水原希子は好きではないけれど、あれを炎上させた人はどうかしていると思います、がそれはまた別の話)。まあ、佐治敬三開高健山口瞳、ってめっちゃホモソーシャルミソジニーやからなあ……と妙に納得してしまうのでした。